研究紹介

私は主に数値シミュレーション・機械学習や観測データ解析を通した観測的宇宙論の研究を行っています。
このページでは特に最近の研究の内容を紹介しています。 他の研究については論文リストも参照してください。

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銀河形成シミュレーションで探る宇宙の大規模構造


銀河形成シミュレーションによって得られた宇宙の大規模構造。銀河団の中心にガスが重力によって引き寄せられ、銀河団が成長していく様子を詳細に調べることが出来る。 © IllustrisTNG Collaboration

宇宙の構造は主にダークマターの重力によって初期の密度揺らぎが成長することで形成されます。 この重力による進化は非線形な過程であり、解析的な取り扱いは困難なため、数値シミュレーションが広く用いられてきました。 中でも宇宙の物質分布を有限個の点に離散化したN体シミュレーションは、宇宙の構造形成の進化を正確に再現することを可能にしました。 一方で、従来のシミュレーションではダークマターによる重力のみを考慮したシミュレーションが主流でしたが、現実の宇宙では星形成やブラックホールからのエネルギー放出といった 通常の物質(バリオン)が及ぼす物理過程(銀河形成物理)も重要な役割を果たしています。 銀河形成物理の効果は比較的小スケールで現れるため、角度分解能の低い観測データではあまり問題にはならなかったものの、 現代の解像度の高い大規模サーベイ観測ではこれらの効果を考慮することが重要です。 そこで私はこれらの物理過程が実装された銀河形成流体シミュレーションを実行し、銀河形成物理が宇宙論的観測量に及ぼす影響を定量的に評価しました (Osato, Shirasaki, and Yoshida, 2015; Osato, Liu, and Haiman, 2021)。 まず宇宙の物質分布を直接的に探ることの可能な弱重力レンズ効果に注目し、銀河形成物理の効果が弱重力レンズ効果統計量に及ぼす影響を定量的に測定し、 最終的に推定したい宇宙論パラメータに対する系統誤差を評価しました。

銀河形成シミュレーションに基づいた弱重力レンズ効果の収束場マップ(左図)。 右図は銀河形成物理の有無での収束場の差分マップを示す。

また重力レンズ効果に並び、現代の観測的宇宙論の重要な観測量である銀河の三次元測量(銀河クラスタリング)についても、銀河形成シミュレーションを応用した研究を行いました。 近年の銀河観測ではより遠方宇宙の探査を目的としており、その遠方宇宙で観測対象として着目されているのは星形成が活発な輝線銀河と呼ばれる銀河です。 この輝線銀河はこれまで用いられてきた銀河サンプルと比較して、より軽い銀河であり、その空間分布の性質は未だ十分に理解されていないのが現実です。 そこで、私は銀河形成シミュレーションを用いて銀河から発せられる輝線をシミュレートする手法を開発し、現実的な輝線銀河のカタログを作成しました (Osato and Okumura, 2023)。 このカタログを用いることで、輝線銀河はより孤立した環境下に存在することを明らかにして、その空間分布を予言する理論モデルの構築の指針を与えました。

銀河形成シミュレーションから得られた酸素輝線([OII])銀河の分布。色の濃淡は輝線の明るさに対応する。 背景は密度場を示しており、輝線銀河の分布はこの密度場を反映して、密度の高いところにより多くの輝線銀河が存在することが分かる。

次世代望遠鏡による弱重力レンズ効果観測

遠方にある銀河の光は前景にあるダークマターが作る重力場の影響を受け、直線ではなく曲線軌道を描きます。 この効果は重力レンズ効果と呼ばれ、銀河の像が本来の形状から歪んだ形に見えることになります。 特に重力レンズ効果の中でも、銀河の像が僅かに歪む程度の重力レンズ効果は弱重力レンズ効果と呼ばれ普遍的に起こる現象です。 遠方の銀河を多数個観測し、その歪みを統計的に解析することで宇宙の物質分布を探ることができます。 そのため弱重力レンズ効果は現代の観測的宇宙論に最も重要な観測の一つになっています。 私は主にすばる望遠鏡に搭載された広視野撮像カメラHyper Suprime-Cam (HSC) による弱重力レンズ効果サーベイ観測計画に参加し、 データ解析にも携わってきました(Osato et al., 2020)。 すばるHSCのサーベイ観測は既に完了し、現在では全観測データを用いたデータ解析に取り組んでいます。 さらに、2023年7月に打ち上げられた欧州宇宙機関が主導する宇宙望遠鏡Euclidや チリに建設された地上望遠鏡Vera C. Rubin Observatory (LSST)による 重力レンズ効果観測にも携わっています。これらの次世代望遠鏡群は、弱重力レンズ効果を用いた宇宙論的観測において大きな進展をもたらすことが期待されています。

すばる望遠鏡HSCサーベイの初年度データ(S16A)から得られた弱重力レンズ効果マップ。 射影された物質分布に対応しており、濃い色の部分にはより多くの物質(ダークマター)が存在している。

機械学習・計算加速器を用いた理論計算・統計解析の高速化

観測的宇宙論のデータ解析では、観測されたデータを最もよく説明できる宇宙モデルを統計的に推定するという問題が主要な課題です。 標準宇宙モデル(平坦宇宙項・冷たいダークマターモデル)は5つのパラメータで特徴づけられます。 この5次元パラメータ空間を探索するには、多くの宇宙のモデル(典型的に10万から100万)において理論予言を行う必要があり、 標準宇宙モデルを超えた宇宙モデルではさらにパラメータ空間の次元が増えるため、理論予言の計算コストがボトルネックとなります。 そこで、計算の高速化に機械学習や並列計算機(スーパーコンピューター)・計算加速器(GPU)を応用する研究が活発に行われています。 私は 2023-2025年度富岳成果創出加速プログラム「次世代宇宙論サーベイ群のための多波長宇宙論的シミュレーション」 の課題副代表として、日本最大のスーパーコンピューターである富岳を駆使し宇宙物理学において数値シミュレーションや機械学習の研究を行っています。 加えてGPUの性能を最大に引き出すために、銀河クラスタリング解析の情報を最大限引き出す統計手法であるフィールドレベル解析の開発や 宇宙論的統計量を用いた宇宙モデル推論の自動微分による高速化に取り組んでいます。

GridSPT法によるGPUを用いて高速に予測を行った物質分布(左図)と数値シミュレーションによる物質分布(右図)。 数値シミュレーションは物質分布の重力進化を非常に精度良く解くことが可能な一方、計算コストが非常に高い(1日程度)。 一方でGridSPTでは数秒である程度のスケールまでシミュレーションと遜色ない時間発展した物質場を予言することが出来る。